2000年代の演奏

アダム・フィッシャー/デンマーク室内管弦楽団(2019)

CD(NAXOS 8.50521)5枚組

ベートーヴェン:交響曲全集
CD1
1.交響曲第1番ハ長調 Op21
2.交響曲第2番ニ長調 Op.36
CD2
3.交響曲第3番変ホ長調 Op55「英雄」
4.交響曲第4番変ロ長調 Op60
CD3
5.交響曲第5番ハ短調 Op67「運命」
 (第1楽章、第4楽章リピート:原典版)
6.交響曲第6番ヘ長調 Op68「田園」
CD4
7.交響曲第7番イ長調 Op92
8.交響曲第8番ヘ長調 Op93
CD5
9.交響曲第9番ニ短調 Op125「合唱」 

 サラ・スヴィトリツキ(ソプラノ)(9)
 モルテン・グローヴェ・フランゼン(カウンターテナー)(9)
 イルケル・アルザユレク(テノール)(9)
 ラルス・メラー(バリトン)(9)
 アダム・フィッシャー指揮
  デンマーク室内管弦楽団(1〜9)
  デンマーク国立コンサート合唱団(9)
 録音 2016年2月29日〜3月1日(1)
     2016年11月28&29日(2)
     2017年10月23〜26日(3)
     2016年11月30日〜12月1日(4)
     2019年2月4〜6日(5)
     2018年3月12〜16日(6)
     2017年11月27〜29日(7)
     2016年3月2&3日(8)
     2018年11月26〜29日(9)

 アダム・フィッシャーがデンマーク室内管弦楽団を指揮したベートーヴェンの交響曲全集です。
 交響曲第1番は第1楽章の主部で速めのテンポでの演奏をしています。フィッシャーはこのテンポが適正として指揮しているようです。このテンポでリズム感よくなおもレガートのきれいな演奏をしているなどオーケストラのうまさが際立つ素晴らしい演奏です。第2楽章のアンダンテ・カンタービレはワルツのようで別の曲を聴いているかのようです。第3楽章はアレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェで勢いのある演奏です。トリオは落ち着いた演奏で、このメリハリを付けた演奏には感服です。第4楽章は序奏の静寂と主部のアレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェの対比は素晴らしいもので、速いテンポで進むこの第1番は新たな時代を感じさせる名演です。

 交響曲第2番は第1楽章の序奏では気迫に満ちた演奏、主部のアレグロ・コン・ブリオは勢いのある演奏で、オーケストラの統率されたアンサンブルは見事なものです。第2楽章のラルゲットは歌があります。これは美しい演奏です。第3楽章のスケルツォはベートーヴェンの作品の華やかさを感じさせてくれます。わくわくする演奏です。第4楽章はアレグロ・モルトでぐいぐい進むオーケストラはこの第2交響曲の楽しさを教えてくれます。聴くほどにこの演奏には耳を奪われます。名演です。

 交響曲第3番「英雄」は第1楽章のアレグロ・コン・ブリオの演奏がさわやかです。これは編成の小さいことでこのような響きになるのでしょう。展開部のホルンの美しい響き、再現部でもホルンの美しい響きが素晴らしいです。テンポの速さが感じられないほどの整然とした演奏です。コーダのホルンの素晴らしい響きは聴きものです。第2楽章の「葬送行進曲」は弦楽のメリハリのある演奏には緊張感があります。オーボエとの対話が素晴らしいです。ピリオド奏法のようで新たな解釈といってもよいでしょう。全合奏の盛りあがり、そして展開部における金管の響きの良さ、弦楽の切れの良さ、何とも言えません。コーダの重厚な響きも素晴らしいです。第3楽章のスケルツォは良いテンポ運びで、トリオのホルン三重奏が大変良い演奏です。サラッとはせずにアウフタクトに力を入れています。ここはフィッシャーのうまさでしょう。フィナーレは冒頭の出方が素晴らしい。主題と変奏は弦楽四重奏で演奏するなど斬新です。プロメテウスの創造物の主題がオーボエで演奏されると全合奏になります。この小編成オーケストラは各楽器の響きがよく響きますので新たな発見があります。コーダ前のアダージョの美しさとホルンの厚い響き、コーダの素晴らしい響きは見事なものです。

 交響曲第4番は第1楽章の序奏で良い響きを出しています。そして提示部の主題は説得力のある歌い方をしています。テンポは速いのですが21世紀の演奏でここまでやる指揮者は聴いたことがありません。ファゴットの明るい響きもまたここでは生きています。これほどうれしくなる演奏はないでしょう。再現部の響きは最高です。第2楽章のアダージョはやや速めのテンポで強弱のメリハリを付けた演奏です。管楽器の響きもきれいです。後半も弦楽の響きの良さと聞く楽しさがあります。第3楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェは弦楽と管楽器の対話のように演奏しています。これが面白いです。トリオも同じです。強弱の付け方が素晴らしいです。第4楽章のアレグロ・マ・ノン・トロッポは速めのテンポで走っています。オーボエとフルートの響きにはホッとします。コーダの演奏が素晴らしいです。

 交響曲第5番「運命」の第1楽章は良いテンポで、弦楽はピリオド奏法です。厚い響きは感動です。提示部の第2主題はきれいに響きます。展開部では弦楽のクレッシェンドなど20世紀の演奏のようなところもあります。ホルンの哀愁的な響きを出してみたり、ハ短調の作品らしく聞こえます。再現部のファンファーレはファゴットです。それにしてもなんとも素晴らしい演奏です。何度もきいてみたくなります。コーダも微妙なテンポの変化があります。第2楽章のアンダンテ・コン・モトはやや速めの演奏です。主題の提示、第1変奏と全合奏の響きの良さ、第2変奏ではファゴットとクラリネットの響き、木管四重奏のやわらかな響きの美しいこと、全合奏に続く第3変奏の主題では8分音符の短い演奏がわかります。第4変奏のファゴットが柔らかい響きです。そしてクライマックスの全合奏が素晴らしい響きです。第3楽章は序奏のフェルマータのあとに間をおいてホルンの主題が歌われてます。フーガにおける弦楽の厚みのある演奏が素晴しい。フーガのあとの低弦のフレーズもアウフタクトの強調が印象的です。これが最近の他の演奏との違いです。フィナーレまでの経過部の緊張感も素晴らしいです。フィナーレはクレッシェンド効果や強調を使いながら進みます。提示部のリピートがあります。展開部もよい響きです。第3楽章の回帰は静寂からの爆発です。再現部は整然とした演奏そしてティンパニのクレッシェンドなど随所に輝きがあります。コーダのホルンの主題とピッコロの明るい響きが印象的です。プレストからの迫力は見事です。フェルマータはしっかり伸ばしています。素晴らしい演奏です。

 交響曲第6番「田園」は第1楽章の冒頭は静かに、そして一気に盛り上げていきます。1拍目を強調するなど独特の解釈は「田園交響曲」から新しい響きを出してくれます。室内オーケストラだけにそこは極端に聞こえてきます。提示部のリピートがあります。展開部はフレーズの繰り返しに緊張感を感じます。弦楽のきれいなこの楽章でピリオド奏法を取りれると独特の響きになります。管楽器とのバランスも良くて田舎の「田園風景」が目に浮かびそうです。第2楽章の「小川のほとりの情景」は小川の流れを感じさせる弦楽の動きが印象に残ります。管楽器のレガートは穏やかな風景のようです。ファゴットの第2主題が小川の流れの良さを感じさせます。木管楽器の美しい音色が素晴らしいです。コーダの小鳥の鳴き声は表情豊かで素晴らしい演奏です。第3楽章のアレグロは踊りたくなるような演奏です。オーボエ、クラリネット、ホルンと続くソロはきれいです。トリオの説得力のある演奏はフィッシャーらしいです。第4楽章の「嵐」は嵐の前の静けさから一気に嵐の大雨になる様子、雷鳴と生々しい響きがあります。また大雨がきて、雲が流れていく様子まで感じられます。遠雷の表現が素晴らしいです。第5楽章の「嵐のあとの感謝の気持ち」はホルンでよく表れています。そして「牧人の歌」は喜びにあふれています。ベートーヴェンはこのような演奏を望んでいたかもしれません。素晴らしい「田園」です。

 交響曲第7番は第1楽章の序奏が良い響きです。重厚な響きが聴かれます。弦楽の勢いの良さには圧倒されそうです。提示部は木管の美しい響きと全合奏の厚い響きが素晴らしいです。そしてテンポの変化にははっとさせられます。提示部のリピートがあります。展開部は管楽器の厚い響きが素晴らしいです。再現部は管楽器の響きの良さ、突然の間が入ったり、そこが印象に残ります。コーダの低弦の響きとティンパニの強打、そしてホルンの強奏と素晴らしい響きです。第2楽章のアレグレットは弦楽の良い響き、対旋律のきれいなこと、そして突然のティンパニの強打に驚きます。中間部の管楽器の響きの良さ、管楽器による主題はきれいです。ここでも一拍目の強調があります。きれいな演奏です。第3楽章のプレストは強弱のはっきりした演奏で勢いがあります。トリオはやや速めで管楽器の主題が流れます。スケルツォの主題がオーボエで流れると大変きれいです。第4楽章はアレグロ・コン・ブリオ、冒頭から切れの良い弦楽の響き、ホルンの良い響きと第7番の厚い響きが聴かれます。展開部の全合奏の迫力が素晴らしいです。再現部は時々ちょっと間を置くところが印象的です。コーダは弦楽の素晴らしい響きとホルンの強奏が素晴らしいです。これも素晴らしい演奏です。

 交響曲第8番は第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオがまとまりのある良い響きです。ここも弦楽の華やかさが聴きものです。木管のユニゾーンがきれいです。コーダで長い間をおいています。第2楽章のスケルツァンドはメトロノームのようなリズムを刻むのが特徴です。そこに入る弦楽の刻みがあまりにも速いのでざわめきのように聞こえるところは面白いです。第3楽章のメヌエットは大変良い響きでファゴットの響きもきれいです。トリオのホルンの二重奏とクラリネットの響きの美しいこと、このメヌエットの聴きどころです。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ、弦楽の刻みの素晴らしい響きと、勢いのある演奏が素晴らしい。そして時折入る間とテンポの変化がフィッシャーのベートーヴェンです。これも圧倒的な名演です。

 交響曲第9番「合唱」 は第1楽章から速いテンポで演奏しています。室内オーケストラの演奏だけに響きはバランスがとれています。大きなオーケストラの響きとは違いますが、各楽器の響きはよくわかります。展開部のティンパニのクレッシェンドが凄いです。ホルンはきれいです。コーダのホルンはちょっと弱いですが良い演奏です。第2楽章のスケルツォは強弱がはっきりしたものです。勢いのある演奏で管楽器の素晴らしい響きがあります。トリオはテンポが速いですがホルンの響きはきれいです。第3楽章のアダージョ・モルト・エ・カンタービレは美しいカンタービレを歌います。管楽器もレガートで流麗な演奏です。第4ホルンのソロは大変素晴らしい響きです。弦のピツィカートも大変きれいです。コーダの劇的な響きが素晴らしい。第4楽章のプレストは序奏の弦楽の厚みが素晴らしい響きです。主題が始まるとファゴットの対旋律が大変きれいに響きます。合唱に入ると、この演奏ではアルトのパートをカウンターテナーが歌っていますので重唱部分の響きに普通とは少し違いがあります。オーケストラは緻密な演奏でこの重要な楽章を素晴らしいものにしています。後半の男声合唱から始まるところからは神聖な響きに聞こえてきます。コーダの合唱から結尾の素晴らしい演奏は興奮させられます。終わってみると感動の演奏でした。

 アダム・フィッシャーのベートーヴェンは9曲とも個性的ですが、いずれも名演揃いで、耳慣れたベートーヴェンの交響曲に新たな命を吹き込んだともいえる名演奏です。


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